バットマン:アーカム・アサイラム 完全版
ーーここに来い、狂気の館に。お前のいるべき場所によーー
初めて読んだ翻訳アメコミが実はこれ。いきなりコアすぎて戸惑ったのも、今では良い思い出。バットマン作品最大最狂の問題作にして、最高傑作と個人的には思っている。
アーカムアサイラムってのは、バットマンに登場する、ヴィランを収容する精神病院。ジョーカー、スケアクロウ、トゥーフェイス……バットマンの敵は大体ここに収容される。そんな狂気の館で暴動が発生し、バットマンがそこに招かれて……というところから物語は始まる。
まず特筆すべきはデイブ・マッキーンによるアート。初めて見たとき、忘れられない衝撃を受けた。様々な画材やコラージュによる狂気の芸術。ほんとに、深淵を覗き込んでいるような、理屈では説明のつかない物凄さ。スケアクロウもクロックもクレイフェイスも、もうとにかく怖い、不快、タマラナイ。その筆頭が、ジョーカー。こいつは、夢にまで見そうな迫力。
このアートと、グラント・モリソンによる神話的、観念的、記号的物語とが、最高の化学反応を示している。物語の大筋は、狂気の館に招かれたバットマンが、己自身の狂気や恐怖、あるいは過去と対峙するっていう007スカイフォールみたいな話。そこに、アサイラム創立者アマデウス・アーカムの物語が絡んでくる。こっちはかなり象徴的なので、読み込むにはちょっと頑張りがいるかも。双方の話が複雑に絡んでいるから、とことんまで混乱させられて、何度読んでも読了したって感じがしない。
一番気になったところは、「地獄めぐり」の要素。本作でバットマンは、とことんまで己の影と向き合う。バットマン自身は、真っ黒に塗りつぶされていて、素顔なんて全くわからない。歯をむき出したり食いしばったりする「威嚇」や「怒り」の表情以外は、まったくの闇に等しい。それに対して、登場するヴィランたちの、何とまぁ個性豊かなことか。なんども読み返すと、このヴィランたちの一人一人が、実はバットマンというキャラクターを構成する要素であることに気づく。それは、あるヴィランが、バットマンに向けて言い放つセリフでも裏付けられている。
ーーアーカムは鏡の国じゃよ。
わしらは、おぬしなのさーー
影一色に塗りつぶされたバットマンに色を添えるように、それぞれの要素を体現したキャラクターが配置されている。たとえばーー
幼い頃に親を失い、その亡霊にすがりつくブルース・ウェインを体現したような"クレイフェイス"。
転がり落ちる"ドクターディスティニー"。
偶像のように振る舞う"マキシー・ゼウス"。
恐怖の体現者 "スケアクロウ"。
圧倒的な力 "クロック"。
何よりも、己の中にも同じものが潜む 狂気 "ジョーカー"
バットマンはこれら自分自身の影と対峙し、そして乗り越えようとする。『アーカム・アサイラム』はバットマンという一人の英雄が、己の中にある様々な脅威と向き合い、乗り越え、それらを再び己のものとして獲得して生還する物語でもある。だから、たまらなくおぞましく、恐ろしいけれども、ラストにはいくばくかの寂寥がある。長きに渡る旅はこれで終わったーーと。そう、旅の終わりーーバットマンの旅も、アマデウス・アーカムの旅も、トゥーフェイスの旅もここで終わる。特にトゥーフェイス、彼の物語が絡んでくることで、さらに幕引きを味わい深いものにしている。
実際驚くほど深淵なテーマと凄まじいアートによる最恐の神話『アーカム・アサイラム』。読み返すたびに新たな発見があり、驚きがある。バットマンのコミックというだけでなく、狂気の深淵を見事視覚化、神話化したようなこの作品には、人の心を永遠に惹きつけてやまない何かがあるはず。100前後のページをめくるその瞬間だけは、誰もが愚者の宴の虜になる……。
というわけで、『バットマン アーカム・アサイラム 完全版』。とにかくオススメ。面白いよ!