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オモコレーー具現の館ーー

日本海外を問わず、優れた立体造形+アメコミを紹介していきます。

スパイダーマン ブルー

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--はじまりは、あの瞬間だった--

 

スパイディのコミックの中で、というより、アメコミの中でもマイ オールタイムベストの1つに加えている『スパイダーマン ブルー』。

バットマン ロングハロウィーン』のジェフ・ローブとテイム・セイルのコンビによる、もうなんとも言えない味わいを持つ傑作。

 

物語は60年代のスパイディを彷彿とさせる短編で構成されている。スパイダーマンーーピーター・パーカーが、今は亡きグウェン・ステイシーへのメッセージをテープレコーダーに録音するのを通して、もう決して帰ってはこない「あの日々」を振り返るという話。グウェンと次第に親密になっていく過程や、後に妻となるメリージェーン・ワトソンの初登場など、60年代初期エピソードの数々が、ジェフ・ローブティム・セイルによって描き直されている。

 

「振り返る」形式で話が進んでいくので、それぞれの事件はなんとも言えずノスタルジックで、ティム・セイルの柔らかいアートがすごく良く合っている。『ブルー』の場合は、特にグウェンやメリージェーンが素晴らしい。この人が描く女性は、ほんとうに綺麗で、アメコミらしいアクの強さがない。

 

グウェンとの関係、メリージェーンとの関係を大きな一本の筋として、そこにグリーンゴブリンとの確執、ハリー・オズボーンやフラッシュ・トンプソンとの友情、1つの大きな力によって動かされるヴイランたち……などといった要素が絡んでくる。短編1つにつき、ヴイランとの戦いが1つ入っているという感じで、スパイダーマンの活躍も充実。個人的にはライノ戦が好きかな。全体的にほのぼのしてて。リザードとの戦いでも、スパイダーマンの人柄が良く分かる。それぞれの戦いが、ちゃんと物語の進行要素になっている点も見逃せない。

 

ヴイランたちとの戦闘も魅力ではあるけれど、実は今回は、スパイダーマンとしての物語よりも、ピーター・パーカーとしての物語の方に、ぐっと心を引き寄せられた。それが、自分の中でこの『スパイダーマン ブルー』を特別な一冊にしている。

 

スパイダーマンになって少しだけ自信がついた彼が、2人の女性と出会って、いろんなことに迷ったり、考えたりする、その等身大感。風邪で寝ていたい、グウェンが、メリージェーンが看病してくれるという、もう絶対に起こりっこない奇跡。なのに、外ではヴァルチャーが暴れている。てきとうな口実で2人の美女を追い払ったあとの、「絶対に許さない」発言。最後、クレイヴンとの戦闘を終えた後のロマンスにも、胸を熱くさせられた。

 

そして何が一番大切かって、そこに描かれたことの一切がーーヴイランとの戦い、ハリーとの友情、フラッシュの成長、グウェンとの愛……そうした辛かったことや大変だったことや楽しかったことが全部、もう取り戻せない"昔"の彼方にあるものだということ。

 

物語はピーターの回顧で始まり、回顧のまま終わる。グウェン・ステイシーはその後、宿敵グリーンゴブリンの手によって命を落としてしまう。ただ『ブルー』はそこまで描いてはいない。『ブルー』が描くのは、2人の忘れられないバレンタインデーまで。そこに至るまでのことも、あるいはそれから先、2人で紡いでいったことも、全ては遠い過去。決して戻らない日々。でも戻れないと分かっているから、過去はーー思い出は、いよいよ輝きを増し、かけがえのないものへと変わってゆく。つまらないと思っていた、些細な一瞬一瞬のことが、いつしか忘れられない大きな意味を持つようになっている。

 

「グウェンの死」は、スパイダーマンの歴史の中でも絶対に欠かせない超重要展開だった。それをこんな形で描いて見せた作品は他にない。直接その死を描いたわけじゃないのに、エンディングの喪失感が凄まじい。『ブルー』の名が示す通り、哀愁に満ちている。

 

でもそれだけじゃない。

 

ティム・セイルの手によって、本作は物悲しくも美しく、やわらかく、何より温かみのある作品に仕上がっている。登場するキャラクターの一人一人に人間味が感じられる。ほんとうに、こういう人生や青春を経て、彼らは今を生きているんだって感じがしてくる。確かに、みんなそこにいたんだという実感。帰れないと分かっているからこそ、いよいよ愛おしく思える"あの日々"。それがあるから、たとえ『ブルー』でも後味の悪さを感じることはない。この涙腺に響く、奥深い余韻は『ブルー』でしか味わえない。

 

失った人、止まらない時間、戻れない過去ーー我らが親愛なる隣人、等身大のヒーローだからこそ描ける悲しくも美しい物語。

 

 

ーーはじまりは、あの瞬間だった。
これは、彼ら2人の愛の物語ーー